autumn-gocha’s diary

ゆるくごちゃっと書いていく日記です。

がんばりたいという思い

習い事をして学びの最中だ。真剣に取り組んでいる。それで、周りとの比較やできないことに焦りを感じる。レベチだなって思って、私には果てしないたどり着けない感じと思っている。

 

練習相手になってくれて、それでいて咎めることもない。月並みな言い方だけど温かい人たちが同期で嬉しい。ありがたい。同じレベルまで追いついて練習相手として、応戦?したい。楽しい、嘘ではない。でも力不足で、申し訳ないという思いが強い。

 

焦りとか怖いとか恥ずかしいとか。焦る必要って?自分の何を見せたらいけないと思っている?見せられないし、このままじゃまずいとか?

 

それでも時間がかかっても、がんばりたいという思いで参加している。

 

そんな自分の気持ちに集中していて、周りの気持ちは跳ね除けているのかもしれない。応援してくれている感じがあるのに、、、自分のやり方に固執してる?

グルグルして訳分かんなくなってきた。

それでも自分を見ることができたから、マルとしよう!

 

なぜ来ない?

駅であと一歩で乗り損ねた。それで、10分待つ。どうなってる?なんでこんな間隔空く?急行止まる駅なのに?なんで、こんな不便なんだろう?

 

使い慣れている駅で、時間帯によって開かずの踏切で足止めもあるし、なんでここに住んでるんだっけ?

 

イライラ。住んでいることすら、自分で好んで住んでいるのだけど、当たりどころがない感じがして、嫌。

 

こういう思いを自分で持っていることを、ないものにしてしまうのでなく、拾うことを始める。怒りは、よくないものだと思っていることも。結局そのことでグルグルしてたり、思い出して頭の中で再現して、疲れる。そして重苦しくなってる。

これを見直すためには?やり方を変えるしかない。やり方に慣れないけど、やる。違う解決法があることを知る。頭でなく、いつか腹落ちすると思う。

邦画でも洋画でもアニメでも、泣けた!というレベルではなく、号泣した映画を教えてください。

お題「邦画でも洋画でもアニメでも、泣けた!というレベルではなく、号泣した映画を教えてください。」

このお題で書いている方のをチラ見して私も同じーって思って、嬉しかった!

それは『聲の形』。たまたまテレビをつけて見て、引き込まれていった。それぞれのキャラクターの心理描写がよく描かれていて、切なかった。そこまでの暮らしだとかその地続きの日常から再会。泣くしかないだろう!号泣だった。よかったねとかもあるし、可愛かった。変わらない良さも♡

 

もう一つは、何度見ても泣く。定期的に再放送されていて、やっぱり観てしまう。その度に自分の見方が変わっていくのもおもしろい。それが『容疑者Xの献身』。堤さんの演技に集約されていると思っていて、松雪さんの演じたキャラクターは幸せでなく、だけど隣人の癒しの存在になっていたという感じだとか。生きるとは?人を愛するとは?自分の証明でもあり、それが崩れることの驚きと困惑。「どうして」と言って、慟哭する姿に絶望と怒りと悲しみなんかを感じて、もう泣くしかないだろう!!

はてなブログをはじめたきっかけ

お題「はてなブログをはじめたきっかけ」

新しいことを始めてみたけれど、楽しかったで終わって時間が流れてしまうから。

せっかく学んでも身になってないなー、アウトプットするには、、、

ブログかな⁇

 

何よりも自分のためにその時に何を思って、どう考えたかとかを短くても書いてみようと思った!

はてなブログは、お題に困らなそうだし初心者にも続けて書いていけそう。

書く以外は何も決めてないけど、手軽に書ければいいな。